5日目

raisin2006-09-18

早朝7:24発の列車でブカレストへ。
当初は午前中スチャバ市内の教会など史跡を見て、昼から一息にブルガリアへと向かうはずだったのだが、先述の理由*1によりまずはブカレストへ出て寝台列車を待つことになった。教会は昨日夕方に見に行ったので思い残すことはない。時間があれば民俗博物館を見たり街をぶらついたりしてみもよかったけれど。


朝も暗い6時半に宿を出て駅まで送ってもらう。心配していたスタンドは開いていたが、どこで食べ物を入手できるか分からなかったので、昨日のうちに買っておいた朝ご飯がある。とりあえず暖をとりたいので待合室に向かう。スチャバの朝は寒い。待合室は暖房がきいているが、椅子に横になって眠りこけている男性ばかり。女性が一人もいないのはなぜ。
出発15分前くらいに3番ホームへ移動しようとしたところ、1番ホームにブカレスト行きが停車しているのを友人が発見。今回もインターシティではなく特急なのだが、スチャバへ来たときの古い車体ではなく、ぴかぴかの新しいやつである。4人向かい合わせの席だが、コンパートメントではない。物乞いはほとんど乗ってこなかった。しかしこれ、最新式の車体なのはともかく、たったの2両しかないのだ。これから6時間半も乗るというのに!*2
ところで特急よりもインターシティの方が料金は高い。スピードに関してはインターシティのほうが概してやや速いようだが、同じ区間を走るインターシティどうしでも、列車によって所用時間は30分ほども違ったりする。遅いインターシティと速い特急ではほとんど変わらないということもある。そして車体は、古いものに当たるか新しいものに当たるか、私の乏しい経験ではどちらも50%の確率である。となると、両者の区分はどこにあるのだろうか。『歩き方』では最新型はすべてインターシティかのように紹介されているが、そうではないのだ。
いつものように駅員さんに切符を見せて、確認をしてから乗り込む。
昨日買っておいたパン(チーズとレーズン入りのパイ。美味)、りんごなどを食べる。ルーマニア人が車内でものを食べている姿はほとんど見かけない。列車内での飲食はタブーなのか。駅のホームでもあまり見かけなかったような。だから満席になる前にさっさと食べてしまう。途中から乗ってきた、赤ちゃん連れの一家だけはパンを食べていたけれど。


ブカレストには14時過ぎに到着。さてここでどのように時間を潰すか、いくつか考えてみた。

  1. 時間の都合で行けなかった農村博物館か、国立美術館に行くのはどうか。荷物も預けられるかも? →月曜日は博物館類はすべて休館。
  2. インターコンチネンタルホテルだと地下鉄駅から近いし、サービスもしっかりしてそう。ここでお昼なりお茶なりをとって、時間になったらタクシーを呼んでもらって駅まで戻ってくればいいのでは。 →万事が高くつきそう。外を重い荷物持って歩き回らない点は良い。
  3. サルマーレを食べられそうなレストランに行って、ゆっくりと食事をして、あとは駅で時間を潰そう。可能ならば余ったルーマニアRONをブルガリアLvに替えよう。 →荷物を抱えて石畳を歩く決意をして、これに決定。*3


ということでガイドブックを頼りに、観光レストランなら名物料理があるだろう、通し営業もしているだろうと見込んで、Hanul Hangiteiへ行く。外の席に座ると、民族衣装を着たかわいいお姉さんがオーダーを取りにくる。
「もちろんサルマーレ、まずはこれね」「ごめんなさい、ないのよ〜」
またか!? ルーマニアでは絶対にサルマーレを提供しないのか?
ここでもやはりメニューの半分以上はできないとのこと。チョルバも始めは1種類しかできないと言っていたが、あとから現れたおばさんウェイトレスは2種類できると言う。それでどうにか選んだメニューは各自チョルバを1皿ずつ、ピクルス盛り合わせ、各自パパナシ1皿ずつ。パパナシというのはブラショフ発祥のデザートで、現地以外ではいまいちな味とは聞いているものの、もう残された時間の少ない私たちはこの店で試す以外はない。パパナシは1皿ずつでいいのか念押しされる。ひょっとして、とパパナシのボリュームが不安になる。かなりいびつなオーダーだけど、もう3時近いし、いいのだ。*4
で、そのパパナシを1個食べ終わった状態。と、友人のもの。


 


ドーナツにサワークリームとブルーベリージャムをたっぷりかけたもの、と考えればいいと思う。こってりしてて、ジャムの酸味がきいておいしいのだけれど、いやはや、1個で充分でした。ウェイトレスの忠告に気付くべきだった。


ここで友人がどうしても見たいと私一人を店に置いて骨董屋へ。*51人ルーマニアの年表などを今更読んでいた私に、店にいたルーマニア人客から声をかけられた。
車の技術者で、日本へマネージメントの勉強をしに行きたいと言う。「日本に行きたい!」と声をかけられることは海外では珍しくないので、警戒しつつ話を聞いていると、きちんと教育を受けていて、職にも就いている人のようだ。技術的な単語が絡むと英語がよくわからないので、彼の話もおおざっぱなところしか理解できなかった。東京での生活費がいくらかかるか、家賃はいくらかというお決まりの質問が出たので、日本人が暮らすのに妥当な金額を答えたら白目を剥いて驚かれた。たいてい驚かれるのは馴れっこなのだが、ここまで大仰に驚いてくれたのは久々で、むしろ申し訳ない気分になる。少し割り引いて言えばよかったのか。ということで、お約束的にメアドを交換した。*6


駅に戻り、構内にあるスーパーマーケットなどで晩ごはんを仕込む。ブカレスト・ノルド駅にはスーパーの他、売店マクドナルドやSpring Timeなどのファストフード、パン屋、ピザ屋などが充実していて、食に困ることはない。
待合室で待つうちに、6時頃にはこの旅最大の疲労が襲ってきて、眠くて眠くて仕方がない。7時26分発なのに、7時頃になっても出発番線が表示されない。チェコの列車大遅延が思い出されて不安になる。早く列車に乗ってゆっくりしたい、眠い〜。
ようやく10分ころになって表示が出る。ホームに行くと、各車両の色も型も異なった列車が停まっている。車体の色はこれまでルーマニアで見てきたものと違って、いかにも国際線らしい高級感(ルーマニア比)を感じさせる。ちょっと期待がもてるかも。いちばん端の車両外に立っているロシア人らしき車掌に切符を見せると、ずっと奥の車両だと示される。この車両にはペットボトルの水を買ってまた乗り込む少年などがいて、たぶんロシアから長旅をしてきたのだろう。
これを見て、あとからやっと合点がいったのだが、出発するこの国際列車においては、ルーマニア内の起点はおそらくブカレストなのだ。ルーマニア以前の国から乗ってきた人がスチャバあたりで降りることはできても、ブカレストまでの区間は乗車ができない。外国で用意されて切符が売られた各国のコンパートメントしか走っていなくて(だから色も型もまちまちなものが繋がっている)、ルーマニア内で切符を販売し、列車に連結する車両は、ブカレストから用意されるのだ。と思う。首都が北の端にあれば、そこから乗れたのに、南下する列車ではもう自国を出る直前にしか乗れないのだ(ま、北上する場合は逆に長く乗れるけれど)。


やっと乗れるという安堵、車両は心配したよりも悪くなさそうだぞという安心感、それに猛烈な眠気があいまって、ホームで流暢な英語で話しかけてきた人に切符を見せてしまった。この男性は車掌や鉄道職員ではなくて、要するに荷物運びだったのだが、気が緩んでたので、案内を任せてしまった。一応身分証みたいなのを提げていたし(とはいっても旅先では身分証なんて信用しないものだけど)荷物チケットは印刷されてて本物っぽい内容なので、たぶん駅に多少の場所代(?)なりを払ってやっているのだと思うが、鉄道職員であるかのように巧妙に話しかけてくる。まあ結局スムーズに乗れて、列車に荷物を引き上げるのもやってくれた*7し、荷物1つで2.5Leiってのは妥当な金額だと思うので、さっさと払って出てってもらった。普段ならひっかからないんだけど、やっぱり気を緩めてはいかんのだ。
そうこうしてなんとか列車に乗ったときは大安堵。しかもコンパートメントは二人の貸し切り。表示や装備を見ると3人は収容できるようだが、2人客の場合はそれで1室専有となるらしい。客室はきれい、シーツは清潔。中国とインドの寝台車を経験した私に言わせれば、もう極上の寝台。すぐに横になる。ちなみに1等の人も同じ車両だったようで、金銭的な相違がどこにあるのかは不明。
出発後間もなく車掌が来てパスポート確認をして、切符を回収する。切符は翌朝、ソフィア到着前に新しいものを返してくれる。途中で止まる駅もなく、間もなく降りる時点で返却される理由がよく分からなのだけれど。出発して夜になったら鍵はしっかり閉めておくように、と言われる。
ちなみに乗客は外国人ばっかり。ルーマニア人は、いるのかどうか、私には確認できなかった。英語、フランス語、ドイツ語、私たちの日本語。


国境を超えるまでは横になって、うっすらと夢の淵をなぞる。この後の衝撃を知るまでの短い安息だった。

*1:チケットがうまく買えなかった。

*2:ちなみにトイレは最新型のほうが圧倒的にきれい。

*3:私のスーツケースは車輪が大きめなので案じたほどではなかった。友人の車輪こそ大変だった。

*4:こんな時間だったからできないメニューがあったのかも、と好意的解釈を試みる。でも通し営業をする観光レストランでサルマーレがないのはねえ。

*5:この友人は骨董蒐集という高雅な趣味をもち、日本でも骨董市などに通っているのだが、その戦利品は一見したところ骨董類には見えない。古物にすら見えないこともあり、わたくしのような素人にはメイド・イン・チャイナの雑貨にしか見えないこともある。げに古物の世界は奥深い。彼女の目利きぶりは当地でも発揮され、戦利品はやはりルーマニア的特徴をなんら備えていない、素人にはそれとは分からないアンティークだった。

*6:ちなみに10月2日現在、メールは届いていない。こういう時のメアドはフリーメール。お互いGmailでした。

*7:そう、ヨーロッパの鉄道はステップを上って乗るので、ホームから荷物を持ち上げなければならないのだ